北欧食器と陰翳礼讃 - 北欧食器Tacksamycket

北欧食器と陰翳礼讃

谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』で、トイレの西洋と日本の造りとの違いから美意識を論じています。西洋のトイレの白タイルなどを用いた明るく、白く、衛生的な雰囲気を作り出しているのに対して、日本のトイレは薄暗くて板壁の木目が見えたり、わずかに抜ける風などが風流で落ち着く、というものです。

日本の家屋の砂壁やあるいは茶道のさびた器など、薄暗かったり「時代」と呼ばれる経年変化が見られることにこそ魅力がある、というのが谷崎潤一郎の主張で、『陰翳礼讃』は伝統的な日本人の美意識を初めて論じたものとされています。

このことは日本で北欧ヴィンテージ食器が尊ばれることにも通じていると思います。谷崎潤一郎の論を借りれば、西洋の器は華やかで発色が豊かで雅な感じがする花の咲いたような食器が標準です。実際にマイセン窯などの伝統的なヨーロッパの白磁は、白く青く薄く、そのため美しい、という価値観のもと製作されています。

同様の理由で北欧ヴィンテージ食器も1900年の前後には極めてマイセンに類似した白磁が製作されています。当時のグスタフスベリやロールストランドも、およそ「北欧食器」という後の時代の個性とは無縁な、白磁風の作品をたくさん製造していました。

Gustavsberg-Wexio

写真:20世紀初頭に作られたグスタフスベリのWexiöシリーズ

Wexiöはまさに中国の青磁をそのまま持ってきたようなデザインです。当時の価値観ではこれが「売れ筋」だったというのがよく分かります。ともすれば中国で作られたといっても信じてしまいそうなデザインです。

さて、北欧ヴィンテージ食器は20世紀中葉の「ミッドセンチュリー」と呼ばれる一連の芸術的なムーブメントによって大きな変化が起きました。偶然か意図的なものかは分かりませんが、この時代を転換点として北欧ヴィンテージ食器は和食器にも類似する、日本人が好きそうなものが徐々に増えていきます。その根底には『陰翳礼讃』に通じる精神があるといえます。

ARABIA_GOG_saltbox

写真:フィンランドのARABIAのソルトボックス(1970年代)

ARABIA_Fructus

写真:ARABIAの「フラクタス」シリーズのプレート(1970年代)

ともにデザインを担ったのはグンヴァル・オリン・グラングヴィストという人です。ソルトボックスに描かれているのは、大輪の花、フラクタスに描かれているのは半分に切ったザクロです。

この時代の他の食器も見てみましょう。

ARABIA_Valencia

写真:ARABIAのバレンシア(1960年代)

Lisa_Larson_Granade

写真:グスタフスベリのリサ・ラーソンの「グラナダ」(1960年代)

Gustavsberg_Eros

写真:グスタフスベリのスティグ・リンドベリの「エロス」(1970年代)

バレンシアで描かれているのも花文様です。またグラナダシリーズはトーテムと呼ばれる呪術的な文様が描かれています。そしてリンドベリのエロスは楽園を描いたものとなります。

これらの食器に共通しているのは薄暗い色調を保っている点です。

普通、花を描くときに茶色で塗ることはあまりありません。ザクロにいたっては本来は赤色のものです。またグラナダシリーズは伝統的な和食器のようなむき出しの荒々しさや重厚感があります。エロスについてはある種の退廃的な楽園を描いたためにライトブラウンで彩色を行っているようです。

またARABIAの名作とされるクロッカス(Krokus)は見方によっては色を塗る前の塗り絵の本ともいえます。しかしもし実際にここに色を付けてしまったら、果たしてクロッカスは名作になったでしょうか。一見して未完成にも見える白黒のままだからこそ魅力があると思います。

ARABIA_Krokus

写真:ARABIAの名作クロッカス(1970年代)

これら一連の色彩感覚はハレとケでいう普段の世界(ケ)というものです。過度に派手すぎず明るすぎず、暗い色使いですがモチーフとの絶妙なバランスによって、落ち着いた雰囲気を与えます。

ヴィンテージ食器は必然的に普段使いされた器ほどカトラリー跡が多く見られるわけですが、傾向としては落ち着いた色調の北欧ヴィンテージ食器ほどカトラリー跡がついています。人気のあるものほどキレイなものを見つけるのは結構難しいです。

このことから、上記に挙げた人気シリーズの食器は普段使いに好まれた食器であったことがよく分かります。北欧の感性は20世紀初頭のWexiöから考えるとまさに隔世の感がありますが、ミッドセンチュリーという芸術ムーブメントがいかに大きな転換期であったかを物語っています。

ミッドセンチュリーを境として北欧ヴィンテージ食器には大きな変化が起き、陰翳礼讃に通じる価値観が感じられます。それがいま日本で北欧ヴィンテージ食器が喜ばれる理由でもあるとおもいます。

Traditional Swedish Dining

(写真:間接照明やキャンドルライトを用いた薄暗い伝統的な北欧の食卓)

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