イッタラとアラビアの違いとは?歴史・素材・代表作を専門店が比較解説
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北欧ヴィンテージ食器の棚を歩いていると、必ず目に入る二つの名前があります。フィンランドの「イッタラ(iittala)」と「アラビア(ARABIA)」。透明なガラスのピッチャー、コバルトブルーの絵柄が広がるプレート、深い茶色のストーンウェアのカップ。どれも一見すると同じ「北欧」のものに見えますが、裏返してみると、まったく違う工房や窯から、まったく違う物語をたずさえてやって来た品であることがわかります。
イッタラは、フィンランド南部の小さな村に1881年に生まれたガラス工房です。ARABIAは、それより8年早い1873年、スウェーデンのロールストランド社のフィンランド工場として、ヘルシンキ郊外のアラビア地区に誕生しました。一方はガラス、他方は陶。同じフィンランドという土地に根ざしながら、用いる素材も、設計の思想も、そして熱を加える温度も異なる二つの工房文化です。
本記事では、両ブランドの違いと共通点を、創業の歴史から代表的なデザイナーの仕事、現在の関係まで丁寧に整理します。あわせて、ヴィンテージ食器として両ブランドを楽しむための視点——棚に一枚を置いたときに生まれる余白、裏面のバックスタンプから読み解く時間の手がかり——も交えてご紹介します。
この記事でわかること
1. イッタラとARABIAそれぞれの創業の歴史と、素材・得意分野の違い
2. 両ブランドを代表する8人のデザイナー(4人+4人)と、その仕事
3. 1932年のARABIA芸術部門から戦後の黄金期へ、そしてフィスカース傘下に至る現在の関係
4. ヴィンテージ食器として両ブランドを楽しむための、見分け方と空間の置き方
目次
1. 5つのポイントで違いがわかる
2. 創業の歴史と背景——1873年と1881年
3. 素材と得意分野——ガラスと陶の違い
4. イッタラを代表するデザイナー(4人)
5. ARABIAを代表するデザイナー(4人)
6. 二つのブランドが共有するもの
7. ヴィンテージとして読む——裏面と素材の手がかり
8. 余白を楽しむ——イッタラとARABIAを空間に置く
9. まとめ
1. 5つのポイントで違いがわかる
イッタラとARABIAの違いを大づかみに整理すると、次の5つの軸で見ることができます。細かい歴史に入る前に、まずはこの全体像を頭に入れておくと、後の章がぐっと読みやすくなります。
結論:5つのポイントで違いがわかる
1. 素材:イッタラは「ガラス」、ARABIAは「陶の器」が祖業
2. 創業:イッタラ1881年/ARABIA1873年
3. 創業地:イッタラ=南フィンランドのイッタラ村/ARABIA=ヘルシンキ郊外のアラビア地区
4. 代表作:イッタラ=アアルトベース、カルティオ、ウルティマツーレ/ARABIA=パラティッシ、ルスカ、バレンシア、キルタ
5. 現在の関係:2007年にフィスカースがIittala Groupを買収し、現在は同じグループのもとで展開
注目すべきは、両ブランドの祖業がまったく異なるという点です。ガラスと陶では、原料も、窯の温度も、職人の技術体系も別物です。にもかかわらず、現代の北欧デザインの語り口では、二つのブランドが並んで紹介されることが少なくありません。なぜそうなったのかは、本記事の後半で見ていく「カイ・フランクという架け橋」の物語につながっていきます。
ただし現在のイッタラは、ガラスだけでなく陶の器や金属製品も展開しています。本記事では、ヴィンテージ市場での出自を理解するために、イッタラ=ガラス、ARABIA=陶の器という祖業の違いを軸に整理します。
2. 創業の歴史と背景——1873年と1881年
2-1. イッタラ:1881年、南フィンランドのガラス村から
イッタラは1881年、スウェーデン人のガラス職人ペトルス・マグナス・アブラハムソン(Petrus Magnus Abrahamsson)によって、フィンランド南部の小さな村イッタラ(Iittala)に設立されました。当時のフィンランドはロシア帝国の自治大公国で、ガラス製造の伝統がまだ浅い土地でした。創業者はスウェーデンから熟練職人を呼び寄せ、村を中心にガラス産業を一から育てていきます。
20世紀に入ると、イッタラはフィンランドのガラスデザインを牽引する存在へと成長していきます。アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)の「アアルトベース(サヴォイベース)」(1936年)、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala)の「タピオ」「ウルティマツーレ」、ティモ・サルパネヴァ(Timo Sarpaneva)が手がけた「i」ロゴ(1956年)など、世界的に評価される名作が次々と生まれました。北極圏の氷を思わせる質感や、湖岸線を抽象化した曲線は、いずれもフィンランドの自然に根ざした造形語彙です。
2-2. ARABIA:1873年、ロールストランドのフィンランド工場として
ARABIAは1873年、スウェーデンのロールストランド社のフィンランド工場として、ヘルシンキ郊外のアラビア地区に設立されました。当初はフィンランド市場向けの製造拠点として始まりましたが、徐々に独自の製品開発に乗り出し、1916年に経営権がフィンランド側に移って独立した会社となります。
1932年にはクルト・エクホルム(Kurt Ekholm)のもとで芸術部門(Art Department)が組織されました。戦後にはカイ・フランク(Kaj Franck)、ビルガー・カイピアイネン(Birger Kaipiainen)、ウラ・プロコッペ(Ulla Procopé)、エステリ・トムラ(Esteri Tomula)らが加わり、ARABIAはフィンランドの食器文化を語るうえで欠かせないブランドへと成長していきます。1940〜70年代にかけて発表されたシリーズの多くは、現在もヴィンテージ市場で高い評価を受けています。
2-3. 「ガラスの村」と「陶の地区」——二つの土地の物語
イッタラ村は、フィンランド南部の森と湖に囲まれた、人口数千人の小さな集落です。村の名前がそのままブランド名となり、19世紀末以降、ガラス工場が村の経済の中心として機能してきました。アラビア地区は、それとは対照的にヘルシンキ郊外の都市的なエリアで、現在は芸術系大学とアパートメントが集まる住宅街として整備されています。
「村」と「地区」という土地の性格の違いは、両ブランドの製品づくりにも影を落としています。イッタラのガラス工房は森の薪と砂を原料とした、いわば「土地に根ざした」産業として発展しました。ARABIAはヘルシンキの近郊にあったことから、都市の流通網と密接に結びつき、輸出と都市生活を意識した量産技術を早くから備えていきます。
3. 素材と得意分野——ガラスと陶の違い
| イッタラ(iittala) | ARABIA | |
|---|---|---|
| 主な素材 | ガラス(無色透明・色ガラス) | 陶の器(炻器・磁器・ファイアンス) |
| 製造方法 | 吹きガラス、プレスガラス、型吹き | ろくろ成形、鋳込み成形、転写・手描き装飾 |
| 定番アイテム | グラス、ピッチャー、ベース、キャンドルホルダー | プレート、カップ&ソーサー、ティーポット |
| 装飾の特徴 | 素材そのものの透明感と造形美 | 絵付け(手描きまたは転写)、釉薬の表情 |
| 焼成温度 | 約1,400〜1,600℃(ガラスの溶融) | 約1,200〜1,300℃(炻器・磁器の焼成) |
イッタラとARABIAは、それぞれ異なる工芸の伝統を背景に持っています。ガラス工芸とセラミック工芸は、使用する原料も、窯の温度も、職人の技術体系も別物です。両社が長く独立した会社として並行発展した理由のひとつが、この技術的な違いにあります。
3-1. ガラスの工芸——「素材を見せる」造形
イッタラの祖業であるガラス工芸は、原料の砂を高温で溶かし、職人が吹き竿で空気を吹き込みながら成形する技法を基本とします。完成品は素材そのものが透明で、装飾を加えなくとも光と影が造形を語ります。タピオ・ヴィルカラの「ウルティマツーレ」が氷を思わせるとよく言われるのも、ガラスという素材が「冷たい透明感」を本来的に備えているからです。
イッタラのデザインはしたがって、絵柄を描くことよりも、フォルムそのもので語ることに重心が置かれてきました。アアルトベースの自由曲線も、カルティオの円錐形も、装飾の薄さではなく、形の強さで記憶される作品群です。
3-2. 陶の器——「装飾を描く」造形
ARABIAの祖業である陶の器づくりは、土を成形し、釉薬をかけて焼成する伝統的な技法を基本とします。仕上げの段階では、素地の白磁を画布として、絵柄を描く・転写する・浮き彫りにするといった装飾が加えられます。ビルガー・カイピアイネンが「パラティッシ」で描いた果実と花の絵柄も、ウラ・プロコッペが「バレンシア」に描いたコバルトブルーの細密パターンも、白い磁器の地があってはじめて成立する装飾です。
ARABIAのデザインはしたがって、絵柄と釉薬の表情を中心に組み立てられてきました。手描きの線、転写の輪郭、釉薬の濃淡——これらが集まって、ARABIAの「絵を語る器」の文化が形成されています。
4. イッタラを代表するデザイナー(4人)
イッタラのガラスの歴史を語るうえで欠かせない4人のデザイナーを紹介します。いずれも20世紀フィンランドのデザイン史において中心的な役割を担った人物です。
アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto、1898–1976)
フィンランドを代表する建築家であり、家具・照明・ガラスのデザインも手がけた20世紀の巨匠。1936年に発表された「アアルトベース」(別名「サヴォイベース」)は、現在もイッタラのアイコンとして製造され続けています。フィンランドの湖岸線を抽象化したともいわれる有機的な曲線は、ガラスという素材の造形可能性を一気に広げました。ヘルシンキ郊外の自邸やパイミオのサナトリウムをはじめ、建築・家具・ガラスのすべてに通底する独自の造形語彙を確立しています。
写真:Wikimedia Commons / Public domain
タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala、1915–1985)
「フィンランドのレオナルド・ダ・ヴィンチ」と評された万能デザイナー。ガラス、銀器、木工、紙幣デザインまでを手がけました。木の年輪のような層状のガラス造形「タピオ」「ウルティマツーレ」「カンタレッリ」など、彫刻的な作品で知られています。ラップランドの自然——氷、流木、植物——に深い関心を寄せ、その造形語彙を北欧のガラス工芸に持ち込んだ第一人者です。1951年と1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞し、戦後のフィンランド・デザインを国際的な舞台へと押し上げました。
写真:1959年 / Wikimedia Commons / Public domain
ティモ・サルパネヴァ(Timo Sarpaneva、1926–2006)
1956年にイッタラの「i」ロゴをデザインし、現在のイッタラブランドの基礎を築いた人物。代表作には、鋳鉄の鍋「サルパネヴァ」(1960年)や、ガラス作品「オルキデア(Orkidea)」「フェスティーボ(Festivo)」などがあります。木のハンドルを蓋に組み合わせた「サルパネヴァ」は、現在もイッタラを象徴する作品の一つとして知られています。ヴィルカラと並んで、20世紀後半のフィンランド・ガラスを世界の表舞台に押し上げた人物です。
写真:1950年代 / Wikimedia Commons / Public domain
オイバ・トイッカ(Oiva Toikka、1931–2019)
イッタラの色彩を一気に明るくした、戦後フィンランド・ガラスの中心人物の一人。1964年にヌータヤルヴィ(Nuutajärvi)で発表された「カステヘルミ(Kastehelmi=露の雫)」は、表面に小さな凹凸を散りばめたデザインで、現在ではイッタラを代表するシリーズの一つとして知られています。1972年から始まった「バーズ・バイ・トイッカ」シリーズは、一羽ずつ職人の手で吹かれるガラスの鳥として有名で、コレクターズアイテムとして世界中で取引されています。
写真:1958年 / Wikimedia Commons / Public domain
5. ARABIAを代表するデザイナー(4人)
ARABIAの陶の器の歴史を語るうえで欠かせない4人のデザイナーを紹介します。いずれも戦後のフィンランド・デザインの黄金期を支えた人物です。
カイ・フランク(Kaj Franck、1911–1989)
「フィンランドデザインの良心」と称される人物。1953年にARABIAから発表された「キルタ(Kilta)」は、装飾を極限まで削ぎ落とした機能美の象徴となり、後にイッタラブランドで「ティーマ(Teema)」として展開されることになります。ARABIAのアートディレクターを務めながら、イッタラのためにも「カルティオ(Kartio)」(1958年)などのガラス器をデザインしました。両ブランドを横断して仕事をした稀有な存在です。
写真:Wikimedia Commons / Public domain
ビルガー・カイピアイネン(Birger Kaipiainen、1915–1988)
「装飾家の王(Koristelijoiden Kuningas)」と呼ばれた、装飾陶磁の巨匠。1969年に発表された「パラティッシ(Paratiisi=楽園)」は、果実と花の大胆な絵柄でARABIAを代表するシリーズとなりました。「装飾を否定するモダニズム」が主流だった戦後フィンランドにあって、彼は装飾を称揚する側に立ち続け、独自の地位を築きました。彼の生み出した過剰な装飾の世界は、現在のヴィンテージ市場でも特別な人気を集めています。
写真:Wikimedia Commons / Public domain
ウラ・プロコッペ(Ulla Procopé、1921–1968)
「ルスカ」「バレンシア」「リーカ」などを手がけた女性デザイナー。深いブラウンのストーンウェア「ルスカ(Ruska)」(1960年)は、ARABIAが磁器からストーンウェアへと舵を切る時期に発表され、北欧モダニズムを代表する作品の一つとなりました。コバルトブルーの細密パターンが特徴の「バレンシア(Valencia)」(1960年)と合わせて、彼女は素朴な土の質感と地中海風の装飾を組み合わせる独自の作風を確立しました。
写真:Wikimedia Commons / Public domain
エステリ・トムラ(Esteri Tomula、1920–1998)
「クロッカス」「フローラ」「ボタニカ」「クルムル」など、植物を主題にした繊細な絵柄を多数残した装飾画家。植物画家としての確かな描写力が、北欧の食器文化に独自の彩りを加えました。ARABIAの装飾陶器の世界において、ライヤ・ウオシッキネン(写真左)とともに戦後の黄金期を支えた中心人物の一人です。
写真:1957年 /ライヤ・ウオシッキネン(左)とエステリ・トムラ(右)/ Wikimedia Commons / Public domain
6. 二つのブランドが共有するもの
素材も得意分野も異なる二つのブランドですが、深いところで共有しているものもあります。ここでは、両者をつなぐ三つの軸を見ていきます。
6-1. フィンランドという共通の風土
両社とも、長く厳しい冬を持つ北欧の自然のなかで育まれました。雪と森と湖の風景、白夜と極夜、そこに暮らす人々の生活実感が、両ブランドのデザインに通底する「機能と美の調和」を生み出しました。アアルトベースの曲線も、ルスカの土の色も、フィンランドの自然から離れては考えにくい造形です。
6-2. カイ・フランクという架け橋
カイ・フランクはARABIAのアートディレクターを務めながら、イッタラのために「カルティオ」(1958年)などのガラス器もデザインしました。両ブランドを越境した彼の存在は、ガラスと陶という素材の壁を越えて、フィンランド・デザインの哲学が共有されていたことの象徴です。1953年のキルタが、後にイッタラブランドの「ティーマ」として展開されていることも、両ブランドの近さを示しています。
6-3. 現在は同じフィスカース・グループの傘下
2007年、フィスカース(Fiskars)はIittala Groupを買収しました。Iittala GroupにはIittala、ARABIA、Hackman、Rörstrandなどのブランドが含まれており、現在の両ブランドは同じグループのもとで展開されています。ただし、ヴィンテージ市場ではIittalaとARABIAは別々のブランドとして評価されます。特に1950〜70年代のヴィンテージ品を見る場合、イッタラはガラス、ARABIAは陶の器という、それぞれの出自を分けて理解することが大切です。
7. ヴィンテージとして読む——裏面と素材の手がかり
ヴィンテージ食器を選ぶときに最初にすることは、その品を裏返すことです。裏面には製造元のロゴ、シリーズ名、時にはデザイナーのイニシャルや製造年代を示す記号が刻まれています。それらは、その一枚がどこで、いつ、どの窯元や工房で生み出されたのかを語る、小さなパスポートのようなものです。
7-1. バックスタンプ(裏印)の確認
製造年代を推定する手がかりは、裏面の刻印(バックスタンプ)にあります。イッタラは「iittala」のロゴと年代記号、ARABIAは「ARABIA FINLAND」と王冠マークが基本要素です。1950〜70年代のものは、デザイナーのサインや工房記号が刻まれていることもあり、コレクターにとって重要な判断材料となります。詳しくは別記事「北欧ヴィンテージ食器のバックスタンプ完全ガイド」をご覧ください。
7-2. ヴィンテージならではの個体差
1960〜70年代のARABIA食器は、職人による手描き装飾が多く、一点一点の表情が異なります。同じシリーズのプレートを二枚並べても、青の濃淡や輪郭の線がわずかに違うことがあります。それは欠点ではなく、ヴィンテージならではの魅力です。一方、イッタラのヴィンテージガラスにも、現代の機械生産では再現できない手吹きのゆらぎや厚みの違いが見られます。気泡が見えることもありますが、これは吹きガラスの工程で空気が閉じ込められた、手仕事の証です。
7-3. 素材で識別する
裏面の刻印が判別しにくいヴィンテージ品でも、素材の違いから「イッタラかARABIAか」を見分けるヒントを得られます。透明なガラス器はほぼ確実にイッタラのライン、白磁や炻器のプレート・カップはARABIAのライン、と覚えておくと、両ブランドの境界が見えやすくなります。ただし、カイ・フランクのようにガラスと陶の両方を手がけた例外もあります。
8. 余白を楽しむ——イッタラとARABIAを空間に置く
ヴィンテージ食器の楽しみは、コレクションとして揃えることだけにとどまりません。一枚を白い棚に置く、ひとつの花瓶を窓辺に添える——そんなふうに「一点だけを正しい場所に置く」ことで、空間に静かな余白が生まれます。北欧食器の価値は、希少性や価格、ブランド名だけで決まるものではありません。一枚を置いたときに、空間の見え方が変わること。何もない場所に静かな焦点が生まれること。そこに、北欧ヴィンテージを観賞用として迎える意味があります。
8-1. ガラスは光と影を語る
イッタラのガラスは、棚に置くだけでなく、窓辺に置くと表情が変わります。朝の光が斜めに差し込む時間帯に、アアルトベースに一輪の枝を添えれば、ガラスの曲線が壁に淡い影を落とします。タピオ・ヴィルカラのウルティマツーレを木のテーブルに一つ置けば、氷を思わせる質感が木の温度と対照を作ります。ガラスは透明であるがゆえに、空間と一体化しながら静かな存在感を発します。
8-2. 陶の器は色と質感を語る
ARABIAの陶の器は、白い棚や白い壁の前で映えます。パラティッシの果実柄を一枚立てかけるだけで、その場の焦点になります。ルスカの深いブラウンは、木の棚や麻の布と相性が良く、土の温度を空間に持ち込みます。バレンシアのコバルトブルーは、何も置かない白い壁の前でこそ、その密度の高い装飾が活きます。
8-3. 「裏返す瞬間」と日常の余白
ヴィンテージ食器を裏返してバックスタンプを読む。それは単なる真贋確認の作業ではなく、半世紀の時間を経た一点と向き合う、静かな時間です。北欧ヴィンテージ食器の傷や痕跡は、数十年の時間を経たからこそ存在するものです。ヴィンテージを空間に置くことは、そうした時間の手触りを、日々の暮らしの中にそっと添えることでもあります。
余白を楽しむという視点については、別記事「北欧食器の価値とは|余白を楽しむ暮らしとインテリア」でさらに詳しくご紹介しています。
9. まとめ
イッタラとARABIAを覚えるための5つのキーワード
1. ガラスと陶——祖業の素材が違う。技術体系も別物
2. 1881年と1873年——イッタラは村から、ARABIAは都市の郊外から始まった
3. 8人の中心人物——アアルト、ヴィルカラ、サルパネヴァ、トイッカ/フランク、カイピアイネン、プロコッペ、トムラ
4. カイ・フランクという架け橋——両ブランドを横断した稀有な存在
5. 2007年フィスカース傘下へ——現在は同じグループの一員。ただしヴィンテージは別ブランドとして評価
イッタラとARABIA。同じフィンランドに生まれ、同じグループの傘下にありながら、まったく違う物語をたずさえる二つのブランドです。一方はガラスの透明感で空間に光を呼び込み、他方は陶の絵柄で暮らしの風景に彩りを添えてきました。ヴィンテージ市場でその一点を裏返したとき、皆さんはどちらの物語の続きに触れることになるでしょうか。それぞれの出自を分けて理解することが、ヴィンテージ食器を選ぶうえでの最初の手がかりとなります。
当店のヴィンテージは入荷時に状態確認
当店のARABIA・イッタラのヴィンテージ食器は、すべて入荷後に状態を確認し、必要に応じてクリーニングを行ったうえで掲載しています。状態は0.5刻みの10段階の星評価で詳細に表記し、商品ページ上で実物の写真と合わせてご確認いただけます。