ブリト・ルイス・サンデル完全ガイド|グスタフスベリで動物と地中海を描いた30年の物語
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この記事の要点
- ブリト・ルイス・サンデル(1928–2011)は、グスタフスベリで約30年間活動したスウェーデンの陶芸家・デザイナー
- スティグ・リンドベリに直接スカウトされ、1954年にグスタフスベリ入社
- クレタ、ミケーネ、リンゴなど、地中海と動物をモチーフにしたシリーズで知られる
- ストックホルム地下鉄マリアトリエット駅にパブリックアートを制作
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)やストックホルム国立美術館に作品が収蔵されている
目次
ブリト・ルイス・サンデルとは
ブリト・ルイス・サンデル(Britt-Louise Sundell, 1928–2011)は、グスタフスベリで約30年にわたって活動したスウェーデンの陶芸家・デザイナーです。日用食器からアート陶器、パブリックアートまで幅広い領域で才能を発揮し、晩年は版画家としても活動しました。
同時代にグスタフスベリで活動したリサ・ラーソンやスティグ・リンドベリに比べると、日本での知名度はまだ高くありません。しかし、ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめとする世界各地の美術館に作品が収蔵されており、北欧デザイン史において重要な存在です。
ダーラナの工業都市で育つ
1928年8月25日、スウェーデン中部の都市ヴェステロース(Västerås)に生まれました。父エリック・トシュテン・スンデルは鋳造技師、母はメルタ・ペッテション。1937年、9歳のときに家族でダーラナ地方の工業都市ルドヴィーカ(Ludvika)に移り住み、ここで少女時代を過ごしました。
ヴェステロースはメーラレン湖のほとりに位置する歴史ある都市で、13世紀に遡る大聖堂が街の中心にそびえます。一方、移り住んだルドヴィーカはスウェーデンの鉄鋼産業の中心地。鋳造技師の父が働く工業都市で、サンデルは金属や素材に囲まれて育ちました。
コンストファックでの学び(1950–1954)
1950年、22歳のサンデルはストックホルムのコンストファック(Konstfack、スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学)に入学しました。当時は「高等工芸学校(Högre konstindustriella skolan)」と呼ばれていた名門校で、エドガー・ベックマン(Edgar Böckman)のもとで4年間、陶芸とデザインを学びました。
コンストファックは、スティグ・リンドベリ、リサ・ラーソン、カーリン・ビョルクィスト、マリアンヌ・ウェストマンなど、数多くの北欧デザイナーを輩出した学校です。サンデルはこの学校で、のちの師となるリンドベリと出会うことになります。
リンドベリとの運命的な出会い
1954年、卒業を控えたサンデルのもとに、グスタフスベリのアートディレクターであったスティグ・リンドベリから直接のスカウトがありました。リンドベリはコンストファックの卒業制作を見て回り、才能ある若手デザイナーを「手ずから選ぶ(hand-picked)」ことで知られていました。リサ・ラーソンも同じ年にリンドベリにスカウトされており、二人はほぼ同時にグスタフスベリでのキャリアをスタートさせています。
グスタフスベリ——30年の創作
1954年、サンデルはグスタフスベリに入社し、約30年にわたってこの窯で創作を続けました。日用食器のデザインからシャモット石器によるアート作品まで、多様な仕事を手がけています。
ヴェルムドー島の工場村
グスタフスベリは、ストックホルム東部のヴェルムドー(Värmdö)島に位置する小さな村です。1825年の創業以来、この地で磁器と陶器を焼き続けてきました。ストックホルム群島(スケルゴーデン)の入り口にあたり、穏やかな入り江に面した工場は、都会の喧騒から離れた静かな創作環境を提供していました。
サンデルが毎日通った工場村の風景——入り江に映る煉瓦の煙突、白樺の並木道、群島へと続く海——は、彼女の創作の背景にありました。グスタフスベリはスウェーデンで2番目に古い窯であり、ヴィルヘルム・コーゲ、リンドベリという偉大な先人たちの作品が工房のいたるところに息づいていました。
最初の石器——ルスティック
1956年、入社2年目のサンデルは石器シリーズ「ルスティック(Rustik)」を発表しました。グスタフスベリでの最初の重要な仕事であり、素材の質感を活かした素朴な表現が特徴でした。その後も「ベリート(Berit)」「シャンピニョン(Champinjon)」「カドリル(Kadrilj)」「ネット(Nät)」「パスティル(Pastill)」など、日用食器のデザインを次々と手がけていきます。
KF(コーペラティブ・フェルブンデット)の試験キッチンとの共同開発にも携わり、実際の調理環境でテストされた実用的な食器を生み出しました。
クレタとミケーネ——地中海への憧憬
サンデルの代表作として最もよく知られるのが、1960年代に発表されたアート陶器シリーズ「クレタ(Kreta)」と「ミケーネ(Mykene)」です。どちらもギリシャの地名から名づけられており、地中海文明への深い関心がうかがえます。
クレタは、どっしりとした堅牢なフォルムに、まだら状の茶色い釉薬と白い円形のレリーフ模様を組み合わせたシリーズです。シャモット粘土(耐火粘土を配合した荒い粘土)を使用しており、手に持ったときの素朴で力強い質感が特徴でした。北欧の繊細なデザインとは一線を画す、古代地中海を思わせる重厚な存在感が魅力です。
ミケーネもまた、ギリシャのミケーネ遺跡から着想を得たシリーズで、植物的な装飾(vegetativ dekor)を彫刻で施したシャモット石器です。古代文明の力強さと北欧の静謐さが融合した、独自の世界観を持っています。
リンゴの動物たち
サンデルのもうひとつの代表作が、シャモット石器による動物の造形シリーズ「リンゴ(Ringo)」です。象、鳥などの動物を、幾何学的な手描き模様で装飾した温かみのある作品群で、コレクターに人気があります。
なかでも「リンゴ1」と呼ばれる子象のオブジェは最も有名で、青と黒の釉薬で彩られたバージョンと白いバージョンが存在します。手のひらに収まるほどの小さな象が、素朴な幾何学模様をまとって佇む姿は、リサ・ラーソンの動物作品とはまた異なる魅力を持っています。
サンデルの動物造形は、同僚のリサ・ラーソンの作品としばしば比較されます。リサが柔らかく丸みを帯びたフォルムで動物を表現したのに対し、サンデルの造形はより幾何学的で、表面の装飾に独自性がありました。二人は1954年にほぼ同時にグスタフスベリに入り、約30年にわたって同じ工房で創作を続けた同僚でした。
パブリックアート——ストックホルム地下鉄の芸術
ストックホルムの地下鉄(トゥンネルバーナ)は「世界最長の美術館」と呼ばれています。全100駅のうち90以上の駅に、150人を超えるアーティストによる絵画、彫刻、モザイク、レリーフが設置されています。サンデルもこの壮大なプロジェクトに参加したアーティストの一人です。
マリアトリエット駅の鉄格子
1961年、サンデルはストックホルム地下鉄の芸術装飾コンペティションに入賞し、セーデルマルム地区のマリアトリエット(Mariatorget)駅に鉄製の格子を制作しました。陶芸家として培った造形感覚を鉄という異なる素材に展開した意欲的な作品です。石器のレリーフやエナメル作品も合わせて設置されました。
また、ストックホルム中央駅のT-centralen(テー・セントラーレン)にも金属門を制作しましたが、1997年に撤去され、現在はハンマルビーの車両基地に移設されています。
エンドレ・ネメシュ——シュルレアリスム画家との出会い
1963年、サンデルはハンガリー出身のシュルレアリスム画家エンドレ・ネメシュ(Endre Nemes, 1909–1985)と結婚しました。ネメシュはヴァーランド美術学校の校長を務め、スウェーデン王室からプリンス・ユージェン・メダルを授与された著名な画家です。
陶芸家と画家という異なる分野の二人の創作は、互いに影響を与え合いました。サンデルが1970年代後半からドローイング、コラージュ、版画へと表現の軸足を移していったのは、ネメシュの影響が大きいと考えられています。1990年には、ネメシュの没後5年を記念して、ストックホルムのティールスカ画廊(Thielska Galleriet)で二人の作品を並べた展覧会が開催されました。
版画家としての後半生
1977年頃から、サンデルはグスタフスベリに在籍しながらもドローイングとコラージュ、そして版画(リトグラフ等)の制作に軸足を移しました。1979年にはフリーランスアーティストとして独立し、以降2011年に亡くなるまでの約30年間、グラフィックアーティストとして活動しています。
前半生の30年を陶芸に、後半生の30年を版画に捧げたことになります。陶芸家として培った立体的な造形感覚を二次元の紙の上に展開するという、稀有なキャリアの転換でした。1988年からはスペインのミニプリント・インターナショナル展に繰り返し参加し、国際的な版画家としても評価を確立しました。
日本との接点
サンデルは国際展覧会にも積極的に参加しており、スウェーデン語のWikipediaによれば、日本、イギリス、フランス、チェコなどでの展覧会に出品したと記録されています。残念ながら、日本での展覧会の具体的な会場や日程については現時点で詳細を確認できていません。
しかし、サンデルのクレタシリーズに見られる素朴な土味のある質感や、リンゴの動物造形の温かみある表現は、日本のヴィンテージ食器コレクターの間で高い人気を得ています。シャモット粘土の荒い肌合いに、控えめな釉薬と素朴な装飾を施すスタイルは、日本の「侘び」や「用の美」の感覚と響き合うものがあるかもしれません。
世界の美術館に収蔵された作品
サンデルの作品は、世界各地の美術館に収蔵されています。
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)——1960年にグスタフスベリで制作したプラスチック製ミキシングボウルが収蔵
- ストックホルム国立美術館(Nationalmuseum)
- ストックホルム近代美術館(Moderna Museet)
- ウィーン応用美術博物館(Museum für Angewandte Kunst)
- ヴェステロース美術館(Västerås Konstmuseum)——生まれ故郷の美術館
- カルマル美術館、ラーホルムのデッサン美術館、トロンハイム美術館(ノルウェー)など
1958年にはスウェーデン王室基金のアーティスト奨学金を受け、1961年にはスウェーデン・フォルム(Svensk Form)からガラス花瓶に対するディプロマを授与されました。ニューヨークのMuseum of Contemporary Craftsで開催された「Young Scandinavian Craftsmanship」展では第2位を受賞しています。
まとめ
ブリト・ルイス・サンデルは、ダーラナの工業都市で育ち、コンストファックでデザインを学び、リンドベリに見出されてグスタフスベリで約30年を過ごしました。地中海文明に着想を得たクレタやミケーネ、幾何学模様の動物造形リンゴ、ストックホルム地下鉄のパブリックアート、そして晩年の版画——素材も表現も変えながら、一貫して「手の仕事」にこだわり続けた陶芸家でした。
シュルレアリスム画家の夫エンドレ・ネメシュとの出会いが、彼女のキャリアに新たな方向性を与えたことも見逃せません。リサ・ラーソンやリンドベリほどの知名度はなくとも、MoMAに作品が収蔵され、ストックホルムの地下鉄に作品が残るサンデルは、グスタフスベリの黄金時代を支えた重要な一人です。
作品に刻まれた署名は「BS」または「B Sundell」。グスタフスベリのバックスタンプとともにこのサインを見つけたら、それはこの記事で紹介したデザイナーの手によるものです。