フィンランドを代表する陶器メーカーのARABIAは現在ではイッタラグループの傘下にあります。
あまり知られていませんが、元々ARABIAはスウェーデンのロールストランド(Rörstrand)社がロシア向けの陶器を生産する拠点としてフィンランドに設立した工場が前身となっています。首都ヘルシンキのアラビア地区に設けられたことが社名の由来となっています。
現在では生産の拠点はタイに移っています。OEM生産によって現地法人に許諾を与えて、タイから世界に陶器を輸出するという手法を採っています。
このような経営は実はmarimekkoも同様で、主要な生産拠点は同じくタイにあります。古い時代にはともにフィンランドに生産拠点がありましたが、フィンランド製のものとタイ製のものを見比べると基本的には後者のほうに軍配が上がります。
フィンランド製は目跡と呼ばれる支柱跡があって、釉薬がかぶっていない箇所が食器の背面に見られるなど、今の価値観でみると「雑に見える」部分が多々あります。
加えて貫入(かんにゅう)と呼ばれる釉薬面に走るヒビなどが当たり前のように検品を通過していて、当時は完品と同じ値段で店頭で売られたという話もあります。良くも悪くもおおらかな時代の製作物がいわゆるヴィンテージ食器で、同じ製品でもミリ単位の誤差が生じているのは当たり前です。そのためプレートは重ね置きするときれいに収まらないことがよくあります。
(ロゴ周りに見られる貫入)
ここまでいうとあまり長所がないように思われる北欧産のヴィンテージですが、最大の魅力は色ツヤにあります。
これは下地の陶土の色や絵付けの釉薬のツヤ、あるいはプリントの転写であっても圧着されたシートに使われる絵の具の色味などは、圧倒的に古い時代のものの方が優れています。
復刻版と古い時代のヴィンテージを分けるのはまさにこの点です。ヴィンテージほど、優れたデザイナーが妥協をせずに制作に打ち込んでいたことを感じさせます。
それに対して復刻版は1ミリの狂いもないものを大量生産できる精巧さが売りですが、欠点となるのは当時とは異なる釉薬を使っている点です。
当時の顔料の組成や調合法などは再現が不可能になっています。細かい組み合わせの配合や、使う原料の産地、細かい色つけ上の注意点、乾燥のノウハウはおそらく失われているはずです。そのためARABIAの名作パラティッシは、ヴィンテージと復刻版では全く色味が異なります。
基本的にパラティッシはヴィンテージ市場ではロゴで区別されます。ヴィオラロゴ、葉っぱロゴ、王冠ロゴ、白黒ロゴというように時代とともにバックスタンプが変化します。非常にわかりやすい違いなので、これが古い~新しいを区別する指標かつ価格的な違いに繋がります。
しかしもっと本質的な違いは製品としての完成度です。さきほどのロゴの違いでも、オリジナルのヴィンテージであるヴィオラロゴのパラティッシは個体差が大きく、ものによって色味の良し悪しがはっきり分かれます。
1969年に発売されたパラティッシは、最初の2年間はヴィオラ(パンジー)の花柄が描かれています。1971年の下半期頃からはヴィオラの部分がARABIAのロゴにリプレイスされた葉っぱロゴが生産されています。
発売から2年を経てロゴが変わったのは生産体制の変化が背景にあります。第二弾のロゴになってからのパラティッシはより完成度の高い色彩となっているためです。価格的にはそれほど高いものにはなりませんが、個人的にはこの第二期のパラティッシがもっとも美しく、全盛期のARABIAを感じさせるものだと思います。
青色は清々しく、描画の線は明確で、下地の白はオフホワイトとツヤが共存しています。基本的には第二期のほうが色味が濃く力強くなっており、カップの縁は薄造りになっています。
パラティッシは実は販売からわずか5年後の1974年には石油危機により生産が中止となっています。現在でも初期のものは比較的ヴィンテージ市場でも見かけることが多いことから当時は大ヒットしたはずですが、燃料価格の高騰によって採算が合わなくなったようです。
根強い人気があったため、パラティッシは1988年にはフィンランド国内産が復活します。これが王冠ロゴと呼ばれるものです。
王冠ロゴにも厳密には2種類あります。
1988年に再販された際に使用されたカラー刷りのもの。
明確にいつかはわりませんがカラー刷りは白黒ロゴに変わりました。
そして2014年12月から現在のロゴへとシフトしています。
まとめると次のようになります。
1969年 ヴィオラロゴ発売
1971年 ARABIA製品の年号の刻印が終了
1971年後半 葉っぱロゴ発売
1974年 石油危機で生産中止
1988年 生産再開
20xx年 白黒の王冠ロゴ
2014年 現行のロゴ
ARABIA製品は60年代には生産年月が分かるようにバックスタンプに月と年が刻印されていました。
しかし1971年にはそれも終了しています。
当時は生産体制の変遷期だったようで、同じヴィオラロゴでも年月が刻印されているバージョンとそうでないものがあります。
そのためパラティッシの刻印は6つの種類に分かれることになります。
なお厳密に言うと、パラティッシは1968年に試作品が制作されているため、こちらを入れると合計で7つの種類のスタンプがあることになります。
全てを揃えるのは相当の気合が必要ですが、これを気にぜひお手元のコレクションのスタンプを観察してみてください。繰り返しになりますが、ヴィンテージは今の価値観では優れて見えるとは限りません。あくまで古いものには古いもの独特の良さがある、ということで美術品を鑑賞するようにヴィンテージを愛して頂ければと思います。