
マリアンヌ・ウェストマン(Marianne Westman、1928年6月17日 - 2017年1月15日)は、スウェーデン中部ダーラナ地方のファルンで生まれ育ちました。ファルンは銅山や伝統工芸のダーラナホースで知られる地域で、その豊かな自然環境はウェストマンの感性に大きな影響を与えました。幼少期から絵やものづくりに親しみ、創造性を育んだ彼女は、この環境で培われた美的感覚を後年のデザインに色濃く反映させることになります。

(故郷ファルンの風光明媚な町並み)
芸術・デザインの学びとキャリアの始まり
高校卒業後、ウェストマンはストックホルムにある名門芸術学校、スウェーデン国立美術工芸デザイン大学(コンストファック)に進学し、1946年から陶芸を専門的に学びました。1950年の大学卒業後、22歳で老舗陶磁器メーカーのロールストランド社(Rörstrand)にデザイナーとして迎え入れられます。ロールストランド社はスウェーデン王室御用達の由緒あるメーカーで、当時はカール=ハリー・スタルハーネやヘルサ・ベングトソンなど著名な陶芸家が在籍し、“黄金時代”を迎えていました。
しかし、ウェストマン本人は当初、大企業でデザイン職に就くことに乗り気ではなく、故郷ファルンで自分の陶芸工房を持ちたいという夢があったと言われています。それでも最終的にはロールストランド社での勤務が彼女のキャリアの第一歩となりました。
代表作とその影響
ウェストマンの代表作として特に有名なのが「モナミ (Mon Amie)」シリーズです。藍色の可憐な花模様が特徴のモナミは、ロールストランド入社直後の1952年に発表されました。

「モナミ」シリーズは、小さな野生の花から着想を得て誕生しました。4枚花弁の愛らしい花模様は、雨の降る夏至の夜に咲く野生のローズマリーに触発されたもので、1940年代後半のある雨の日に、ウェストマンが白く可憐な「ラブラドール・ティー(和名:野生ローズマリー)」をスケッチしたことがきっかけとなりました。

シリーズ名の「Mon Amie」はフランス語で「わたしの恋人」または「友人」という意味があり、大切な人への親愛の情が込められています。名前が示すとおり、藍色の花模様は温かく和やかな雰囲気を醸し出し、見る者に幸福感を与えます。
「モナミ」は最終的に約40種類にもおよぶ食器セットがデザインされ、皿、ボウル、エッグカップ、ティーポットなどが作られました。滑らかな曲線を持つフリントウェア(炻器)の素地に、コバルトブルーで野生ローズマリーの花模様が施され、手描きのスケッチから生まれた自由なタッチは、クラシカルでありながら新鮮さも感じさせるもので、女性デザイナーならではの視点が際立っています。
モナミは発売されるとスウェーデンで大ヒットとなり、北欧ミッドセンチュリーを代表するデザインとして定着しました。オリジナル版は1987年まで製造が続けられました。中古市場で高値で取引されるほど根強い人気を誇っていたため、ウェストマン80歳の誕生日を記念して2008年に復刻版が発売されました。半世紀以上経過しても色あせないタイムレスなデザインは、今なお多くの人々に愛され続けています。

陶磁器の母〜マリアンヌ・ウェストマン〜
発売当初、「モナミ」シリーズは市場以外で大きな反響を呼びました。ロールストランド社の多くの陶磁器シリーズの中でも最も愛される存在となり、国際的な展示会で5度の金賞と1度の銀賞を受賞するなど高い評価を受けました。清潔感ある北欧らしいデザインと可憐な雰囲気が消費者に受け入れられ、食卓を明るくするテーブルウェアとして評判になります。
その人気は極めて大きく、当時ロールストランド社の売上の半分以上をウェストマンの「モナミ」や「ピクニック」などのシリーズが占めるほどでした。こうした成功により、彼女は社内で「陶磁器の母(Porslinsmamma)」と呼ばれるまでになり、もともと夢見た小さな工房を持つという理想とは異なる形でしたが、最初の数年のキャリアでデザイナーとしてのキャリアを確立することとなりました。

モナミが彩る黄金時代
「モナミ」が生まれた1950年代は“ミッドセンチュリー”と呼ばれ、北欧デザインが世界的に注目され始めた時代でした。伝統的な食器が多かった北欧の家庭に、身近な自然をモチーフに大胆でモダンな意匠を取り入れる潮流の中で、「モナミ」は象徴的な存在となりました。当時、古典的な植物柄や無地の食器が主流だった北欧で、白地に映える鮮やかな模様は料理を引き立て、食卓に驚きと喜びを与えたと言われています。


(北欧の女性デザイナーでも草分け的存在となった)
「モナミ」の成功を受け、ウェストマンは1956年に野菜柄が楽しい「ピクニック」シリーズなど、さらに遊び心あふれるデザインにも挑戦しました。発表当初はその斬新な図案により経営陣から難色を示され、一度は2年間お蔵入りになる逸話もありますが、最終的には発売にこぎつけ大人気となり、北欧デザインの代表作として語り継がれるに至りました。ウェストマンのデザインは家庭に楽しさと実用性をもたらし、北欧モダンデザインの方向性に大きな影響を与えました。

2009年にはウェストマンの80歳の誕生日を記念して、彼女自身が絵柄を微調整した新生「モナミ」シリーズが復刻発売され、オリジナルのヴィンテージ品とともに、その愛らしいデザインは世界中で高い人気を保ち続けています。半世紀以上を経ても色褪せない「モナミ」は、北欧デザイン史における不朽の名作として、そして日常に幸せをもたらすテーブルウェアとして、今なお多くの人々に愛用されています。
晩年の活動と遺産
1971年、ウェストマンは約21年間勤めたロールストランド社を退社。その後、フリーランスのデザイナーとして活動し、スウェーデンのスクルフ社のガラス製品や、ドイツの陶磁器メーカーとの仕事を通じて国際的な経験を積みました。1977年に故郷ファルンへ戻ると、家族が営むテキスタイルスタジオで布地のパターンデザインに着手。これまで陶磁器で表現してきた植物や日常のモチーフを、色鮮やかなファブリックとして再現し、新たな形で人々を楽しませました。

晩年まで創作意欲は衰えず、2008年にはロールストランド社と協力した「モナミ」柄の復刻プロジェクトにも参加。半世紀を経た名作が再び量産される様子を見届けたことは、彼女にとって大きな喜びであったに違いありません。
2017年、マリアンヌ・ウェストマンは88歳でその生涯を閉じました。しかし、彼女の遺したデザインは今もなお生き続け、ロールストランド社やアルメダールス社(スウェーデンのテキスタイルメーカー)によって「モナミ」や「ピクニック」などが現代に再び製品化され、多くのファンを獲得しています。また、ヴィンテージ市場でもオリジナル作品は高い人気を保ち、その明るいデザインは世代を超えて愛されています。ウェストマンの創り出した世界は、北欧デザインの黄金期を象徴するものとして今なお輝き続けています。
(執筆:北欧食器タックショミュッケ編集部)